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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)312号 判決

原告 松下電工株式会社

被告 ナシヨナルパネライト商事株式会社

主文

被告はナシヨナルパネライト商事という商号を使用してはならない。

被告は昭和三五年一月二八日付をもつてしたその商号をナシヨナルパネライト商事株式会社と変更する旨の登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の主張

一  原告会社は、配電機具電気器具のほかに、合成樹脂製品の製造販売をおもな営業とする会社で、資本金二二億円、その半期の売上総高は一〇一億余円である。そして、「ナシヨナル」との商標で右商品を宣伝販売しているが、原告会社と密接な関係を有する訴外松下電器産業株式会社も、その商品に「ナシヨナル」の商標を付して宣伝販売し、その半期の総売上高は金八一〇億余円に達している。右両社の製品販売会社で、「ナシヨナル」の五字を地名、取扱商品名と共に商号中に使用するものは国内に一六〇以上あり、右商標は全国に著名となつている。また右両社の関係会社で「ナシヨナル」を商号中に使用する株式会社は、ナシヨナル楽器、ナシヨナル証券、ナシヨナルタイヤ、ナシヨナル電気時計、ナシヨナル宣伝研究所、ナシヨナル鍍金、ナシヨナルプラスチツク配給所等があり、したがつて、ナシヨナル土地、ナシヨナルタクシー等その商号からして右両社の取扱商品となんら関係のないことが推測される事業でも、右両社とのなんらかの関係の存在を推定される傾向がある。

二  アメリカ合衆国ニユーヨーク州法人の訴外セント、レヂス、ペーパー、コンパニー(以下セントレヂスと略称する。)は、その独自の技術で製造したメラニン化粧板を、「PANELYTE」の登録商標で全世界に宣伝販売し、わが国においても、これに関するものとして商標法所定の第五九、七〇類の指定商品につき、右商標の登録(登録番号第四六二三五四号、第五一八〇九二号)を受けている。

三  原告会社は、昭和二九年一〇月一九日、セントレヂスとの間で、メラニン化粧板製造の技術提携をしたが、これに関しセントレヂスは原告会社が国内販売のメラニン化粧板に、パネライトの商標を使用することを許容し、原告会社は、右使用に際しては商標登録済みであることを表示すること、および右登録が消滅状態とならぬよう防止する義務を負担する旨を契約した。そして、原告会社は昭和三三年八月一日以降、右契約に基づき製造したメラニン化粧板を「ナシヨナルパネライト」の商標で各特約店を通じ国内に一せい発売し、一方あらゆる手段と多額の費用を投じて宣伝に努めた結果、品質の優良さと相まつて、「ナシヨナルパネライト」の商標は全国に広く認識されるに至り、その看板を店頭に掲示すれば原告会社と特別の関係があるものとして、相当の信用をうるに至つている。更に、「ナシヨナルパネライト」は住宅や家具の材料にも適していて、原告会社は右材料を使用する組立家屋の設計建築販売も業としている。

四  原告会社は、訴外松下電器産業株式会社の有する、商標法所定の第五九、七〇類の指定商品に関する「National」の登録商標権(登録番号第二六四、二五四号、第三一三、八六七号、第三四一、九三四号)につき通常使用権の設定登録を受けたが、メラニン化粧板は近時の新製品で商標法の商品類別表に直接該当の指定商品はないけれども、その材質、板状の合成建築材料である等の点から、右の商標登録はメラニン化粧板にも及ぶものである。

五  被告会社は、もと日本興業株式会社と称したが、昭和三五年一月一五日に現在の商号に変更し同月二八日その旨の登記を了した。被告会社は家具製造をしていたが、同年四月以降はパネライトの指定商品に含まれる化粧板を材料に使用できる「ラツキーハウス」と称する組立住宅および家具の宣伝販売をなしている。このような被告会社が、「ナシヨナルパネライト商事」と称することにより、被告会社が原告会社と特別な関係を有する会社であり、あるいはその「ラツキーハウス」や家具がその材料に「ナシヨナルパネライト」を使用しているものと誤認されるおそれがあり、既に原告会社は、再三、被告会社との関係等の問合せを受け、迷惑している。このような事情にある場合、原告会社は当然に営業上の利益を害されるおそれがあると言わねばならない。

したがつて、原告会社は、不正競争防止法一条一、二号に基づき、被告会社に対し「ナシヨナルパネライト商事」との商号使用の禁止と、現在の商号への変更登記の抹消登記手続を求める。

第三被告の答弁

原告主張のとおり、被告会社が旧商号を現在の商号に変更しその登記を了した事実は認める。しかし、原告会社が「ナシヨナル」の登録商標を有するのは、電気器具のみで他の商品には及ばない。また、原告会社は、「パネライト」製造の商標使用権を有するにすぎず、「ナシヨナルパネライト」との商標は有しない。被告会社は、商号を「ナシヨナルパネライト商事株式会社」としているので、商標とは無関係である。「ナシヨナルパネライト」を取扱つたり、ラツキーハウスの宣伝販売をしたり、原告会社となんらかの関係あるかのごとき態度を示したり、世人をして原告会社の営業上の施設または活動と混同を生ぜしめる危険を生ぜしめたりした事実はない。単にパネライトによる組立住宅建築請負を業とするにすぎずパネライト製造と関係はない。原告会社の業種、「ナシヨナル」が著名商標であるとの点、セント、レヂスが独自の技術でパネライトを製造販売し商標権を有する点、原告会社の同社との契約、「ナシヨナルパネライト」が国内に広く認識され、看板を店頭に掲示すれば原告会社となんらかの関係あるものとして相当の信用をうるか否かの点は知らない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

被告会社は、もと日本興業株式会社と称したが、昭和三五年一月一五日に現在の商号に変更し、同月二八日その旨の登記を了した事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第三ないし五号証の各一と二、証人見野健治の証言により成立の真正が認められる甲第八号証および証人森本昭一郎の証言によると、原告会社は、わが国有数の製造会社の松下電器産業株式会社を中心とし、「ナシヨナル」との商標を使用する一連の企業の一であり、配電機具、電気器具のほか建材プラスチツク、組立住宅等の製造販売をおもな営業とし、メラニン化粧板を含む商標法所定の指定商品第五九、七〇類について、右松下電器産業株式会社と、「National」との文字によつて構成される昭和一五年以前出願の原告主張の各登録商標権を共有していたが、昭和三五年四月商標法改正により、持分を放棄して、同社から通常使用権の設定を受けたこと、原告会社および右松下電器産業株式会社の巨額の商品の大半が、「ナシヨナル」の商標で全国に宣伝販売されていることが認められ、右認定に反する証拠はみられない。右のところからすると、「ナシヨナル」の商標は商品の表示として全国に広く認識されていることが認められるのみならず、同業の一流製造会社には商号と商標名を異にするものが多いことは公知の事実で、同業界の宣伝方法販売組織等の面からも一般需要者にとり商号よりも商標名が広く、かつ、強く印象つけられていること、また松下電器産業株式会社および原告会社等の代理店および販売会社で、商号中に「ナシヨナル」を取扱商品名地名等と共に使用するものは全国で一六〇以上に及び、右両社の関係会社でも商号中に「ナシヨナル」を使用するものが数社あることは、原告の主張し被告の明らかに争わないところであるからその自白したものとみなされることからすると、右の商標名は商品のみならず右両社と特別の関係ある営業自体を表示する機能をも果たすに至つていることが認められる。

成立に争いのない甲第一、二号証の各一と二、証人西村誠の証言によれば、セント、レヂスはメラニン化粧板製造に特別の技術を有しその製造するメラニン化粧板を「PANELYTE」(パネライト)の商標で販売し、日本でも、右メラニン化粧板につきなされたものとして、商標法所定の指定商品第五九、七〇類につき「PANELYTE」の文字をおもな構成要素とする原告主張の各商標を登録したが、その商標出願後、原告会社との間で、右製造に関する技術提携をし、これにより製造したメラニン化粧板に右商標をわが国内で原告会社に独占的に使用させる旨の契約をしたこと、原告会社は、昭和三三年八月以後、右により製造したメラニン化粧板についても、前述の指定商品第五九、七〇類の登録商標が及ぶので、右両商標の呼称を結合した「ナシヨナルパネライト」または略して「ナシヨナルパネ」の商標で市販するに至つたが、その前後から多額の費用とあらゆる広告媒体を通じて、これが宣伝に努めた結果、「ナシヨナルパネライト」の商標は全国に広く認識されるに至つたことが認められ、他に右認定に反する証拠は表われない。

ところで、商事会社が、著名な商標名を商号中に使用するときは、これと取引関係に立つ需要者はじめ一般人は、右会社がもつぱら右商標の商品を取扱い販売するものと思考するか、または、右商品の販売について製造会社と特別の関係を有するものと思考するのが一般であると解される。証人森本昭一郎の証言によれば、原告会社は「ナシヨナルパネライト」を、官庁会社等大口需要者向けを除き全国約一五〇の代理店契約をなした問屋に販売している事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はなく、他種の商品についても、松下電器産業株式会社および原告会社の代理店販売会社が設けられ、その商号中に「ナシヨナル」の文字を取扱商品名と共に使用するものが全国に一六〇以上あることは、前記認定のとおりであつて、これらの営業がいずれも右両社と特別の関係ある代理店である事実からすると、前述の思考ないしは推定はますます一般的であり、かつ、確実性の高いものとされていると判断しなければならない。そして、右証言と、成立に争いのない乙第一、二号証によると、被告会社は、その商号を表示して需要者に安価な値段を提示し、右商品と同種商品を販売し、またはこれを建築の内装に使用しうる組立式家屋「ラツキーハウス」の販売建築請負を業としていることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。このような被告会社が、先に認定したとおり、原告会社および松下電器産業株式会社等と特別の関係ある営業それ自体を表示する機能を果たすに至つている「ナシヨナル」の文字を冠して、「ナシヨナルパネライト商事株式会社」との商号を使用するときは、右の営業形態と相まつて、その販売する化粧板または「ラツキーハウス」の内装用材が「ナシヨナルパネライト」であると、あるいは、右「ラツキーハウス」が原告会社の製造販売にかかる組立家屋であると、混同誤認を生じさせることとなることは明らかである。また、それと共に、右に認定のとおりの営業形態をもあわせて考えると、右の商号は、「ナシヨナルパネライト」販売の代理店契約を原告会社と結んだ営業を表示するものと、一般人には解されるから、右商号使用は右のとおりの他人の営業上の活動または施設と被告会社のそれとを、混同誤認させることとなることも明らかで、現に、原告会社に被告会社との関係を質問した業者があり、被告会社従業員も原告会社との特別の関係を推測していた事実は、証人森本昭一郎の証言により認められるところである。したがつて、被告会社の商号に、「ナシヨナルパネライト商事」と使用することは、他人の商標、他人の営業たることを示す表示と同一または類似のものを使用して、他人の商品、他人の営業上の施設または活動と混同を生ぜしめる行為であると言わなければならない。

成立に争いのない甲第八号証、乙第一、二号証、証人西村誠の証言によると、セント、レヂスのメラニン化粧板等積層プラスチツク製造技術は米国第一で、右技術により製造された「ナシヨナルパネライト」の品質も優秀であり、原告会社の「松下一号型」組立住宅も発表後も引続き改良研究がなされている事実が認められ、他に右認定に反する証拠はないから、前段認定の混同により、原告会社が取引上の信用、顧客の喪失等、営業上の利益を害されるおそれのあることは明らかである。したがつて、不正競争防止法一条一、二号により、被告会社に対し、右混同の原因となる、「ナシヨナルパネライト商事」との文言を商号中に使用することの差止を求める原告会社の本訴請求は、正当として認容すべきである。また、右の商号使用差止を実効あらしめるためには、右文言に「株式会社」と付記されたにすぎない(商法一七条参照)被告会社の現商号への変更登記の抹消を求める原告会社の本訴請求も、正当として認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 田坂友男 野田殷稔)

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